脱サラから移住へ辿りついた理由

story#02

そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
加賀谷れにさん

洞爺湖有珠山ジオパーク推進協議会出向 加賀谷れにさん

神奈川県出身
▶ 東京都内
~中東・ヨルダン~東京都内
▶ 壮瞥町
<移住歴10年>

一つひとつの地域資源が、世界レベルの魅力的な町。

サラリーマンを辞め、 カメラマンの夢を追って 中東ヨルダンへ。

にれさんの名前は、木の楡(にれ)が由来だそうだ。左右いっぱいに緑の枝をのばす穏やかな大樹のように、にれさんも穏やかで優しそうな人である。しかし、インタビューをしていくうちに意外な経歴の持ち主であることを知る。
「出身は、神奈川県厚木市です。多摩美術大学を卒業するまでずっと厚木市に住んでいました」。
美大卒業後、モノづくりに携わりたくて大手住宅メーカーに入社。住宅商品を企画するなど、仕事にはやりがいを感じていたのだが、20代半ばで転機が来る。
「自分の中で捨てきれない、もう一つの夢がありまして。カメラマンです」。
学生時代からセミプロとしてイベントや高校野球大会などを撮影していたにれさんは、いつか写真の世界でプロになりたいと思い始めた。そんな時に、ある募集広告と出会う。
「青年海外協力隊(JICA)に〈写真〉という職種の募集があり、思い切って応募しました」。
2度目の受験で合格、サラリーマンを辞め、中東のヨルダン・ハシミテ王国の首都アンマンへの派遣が決まった。
「いよいよ出発という矢先に、あの『9.11』、アメリカ同時多発テロ事件が起きました。過激派テロ、アルカイーダなどの言葉が報道され、あれ?これから僕が行く地域の話じゃないか」。
派遣国ヨルダンは、行ってみると驚くほど安全だった。現地でにれさんは、遺跡や街の人々などを撮影した。
「子どもたちの笑顔は可愛くて、食べ物は美味しくて、家族は強い絆で結ばれていて。日本で抱いていた中東のイメージと全く違う幸せな時間が流れている、そう感じました」。

つくる・伝える仕事。 地域の魅力を発信する面白さ。

青年海外協力隊の任期を終え、ヨルダンでの経験を生かしてジャーナリストになるという選択肢があった。「正直、迷いました。僕が伝えたいのは、子どもたちの笑顔や家族の絆。でも、中東のジャーナリストは、紛争を伝えることで報酬を得る仕事です。紛争を話題にしないと食べていけない。甘い考えだと言われそうですが、僕はその道を選択できなかった」。
帰国後にれさんは、民間のコンサルティング会社に就職。この会社で国立公園のビジターセンターや自然博物館、科学館などの展示プランニングに携わり、地域の魅力を伝える面白さを知った。そんな時に再び、"募集"の話が舞い込んだのだ。
「壮瞥町で面白い職員募集をしているぞ、と父から連絡がきまして」。
実は、にれさんのお父さんは『火山マイスター』として活躍する壮瞥町移住者。当時、壮瞥町が中心になり、国内初の世界ジオパーク認定を目指して活動していたのだが、そのスタッフの募集だった。
壮瞥町への移住後、楽しそうに暮らす父の姿を見ていたにれさんは、自らも移住を決意し、採用試験に挑戦。合格の知らせを受けた。だが、まずはじめに、家族の同意を得なければ。にれさんは、奥様を何度も北海道旅行へ誘い、移住前に壮瞥町の魅力をアピールしたそうだ。にれさんが移住した翌年の2009年、壮瞥町を含む4市町は、見事に世界ジオパークに認定された。

新鮮でおいしい地元の食。 壮瞥町で旬とは何かを体感した。

ジオパークは、「大地の公園」といわれる。山や丘、海岸など、私たちが当たり前のように見ている景色は、何万年、何億年という長い時間をかけてつくられたものであり、森や動物、私たちの暮らしも、その中で育まれている。「壮瞥町をはじめとする洞爺湖有珠山地域は、生きている地球と生命のつながりを体感できる素晴らしい場所です」と、にれさん。
『11万年のうえの1日』という絵本のように美しい冊子がある。実はこれ、にれさんが手がけたジオパークの魅力発信ツール。
「ジオパークは新しい言葉なので、初めて聞く人からは敬遠されがちです。しかし、壮瞥町が果樹栽培に向いているのは盆地地形のおかげだとか、有珠山の麓にある岩礁地帯は大昔に有珠山が崩れてできた場所で、ごつごつした岩場で上質なタコやウニが獲れるとか。ジオパークが扱う地形や地質は、私たちの生活と密接に関わっています。この地域の大地と、人間のあいだにある物語を伝えたくて」。
難しい話を噛み砕いて伝えるのが自分の仕事だと話す、にれさん。地域の魅力が伝わる一冊だ。
住まいは、3LDKの職員住宅。移住1年目は、北海道の冬の"洗礼"を受けた。朝になってみたら車内に30cm以上の雪が積もっていたり、冬道運転も最初はドキドキもの。
そして、移住後に2児の父になった。ヨルダンに比べたら、ものすごく便利な町、と笑う、にれさん。
「壮瞥町に来て初めて、旬の味とは何かを知りました。道の駅で新鮮な壮瞥町の野菜、果物やお米が手に入ります。隣町の大型スーパーで買うよりも安くて、新鮮で、本当においしい」。

アンティークの家具

世界に通じる壮瞥町の価値を 国内外へ伝えたい。

「私の職場、ジオパーク推進協議会のスタッフは現在5名です。世界ジオパーク認定を受けた施設では少ないスタッフ数ですが、観光振興、学校教育、社会教育、地域減災リーダー『火山マイスター』認定など、業務の範囲は幅広く、やりがいがあります」。
この地域では、洞爺湖有珠山地域の自然や特性について学び、正しい知識と噴火の記憶、減災の知恵などを語り継ぐ人を、地域限定の称号である『洞爺湖有珠火山マイスター』に認定している。観光事業者や教員、写真家、主婦など、様々なキャリアの持ち主が『火山マイスター』の認定審査をクリアし、地域リーダーとして精力的に活動している。
「洞爺湖有珠山ジオパークに、『火山マイスター』の存在は欠かせないと考えます。活動は、観光振興と減災・防災教育の両輪。活火山の魅力にひかれて、多くの環境客が訪れる。『火山マイスター』の語りを通して、未来を生きる子どもたちに、地域の自然環境の豊かさや楽しみ方を感じてもらう。そのなかで、火山と正しく共生するための知恵が受け継がれてゆく。そんな地域にしたいですね」。
火山のある町に暮らすことは、減災・防災を意識して生きることであり、同時に、火山からも多くの恵みを授かって生かされていることを知る。にれさんが伝えたいのは、火山と共生するこの町の魅力。
「数十年おきに噴火を繰り返す火山と、人の暮らしがここまで近接した場所は世界でも珍しい。この地域の世界的価値を、国内外に発信したいですね。壮瞥町は、昭和新山国際雪合戦や、フィンランド・ケミヤルヴィ市との青少年交流、ユネスコ世界ジオパークなど、人口2,600人ほどの町が、東京や札幌などの大都市を介さずに、世界とつながっています。世界レベルのローカル、可能性を感じますね」。
まさにローカル・クール。にれさんはジオパークの仕事を通じて、町の魅力発信にますます燃えているようだ。

Pick up

にれさんの好きな場所は、洞爺湖唯一の流出口、壮瞥滝。滝の岩盤は古い頑丈な地層で、下流のまちを守る存在として「力岩」と呼ばれる。

洞爺湖有珠山地域の地形・地質と、人との関わり、地元産品との関係をやさしく解説する『11万年のうえの1日』とポストカード『大地と食のものがたり』。

住まいは、職員住宅。子どもの成長に配慮された1・2階で構成されるメゾネットタイプとなっている。

洞爺湖有珠山ジオパーク推進協議会
(伊達市・豊浦町・壮瞥町・洞爺湖町)

http://www.toya-usu-geopark.org/

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