- そうべつ人の暮らし
- 移住者インタビュー
室蘭市出身 ▶
札幌〜カナダ〜伊達 ▶ 壮瞥町
<移住歴4年>
「カトちゃーん、魚のいるポイントどこぉー?」
ウェットスーツにライフジャケット、ゴーグルというフル装備の子どもたちが川遊びをしている。いや正確にいえば、川に潜って魚類や水生昆虫を観察しているのだ。すると、両手で小さなウグイをすくい上げ、私たちに見せてくれる子がいた。
「ほら、魚を早く水につけてあげて。人間の手は温かいから、触っていたら弱っちゃうぞ」。横からさりげなく助言する人がいる。それが "カトちゃん"こと、加藤康大さんだ。
加藤さんが代表を務めるNPO法人いきものいんく主催の『野生児キャンプ』では、限界ギリギリまでスタッフは手を貸さないという。
「木登りしてもいい?」「火をおこしてもいい?」---いちいち大人に聞く必要はない。自分で考えて、自分にできると思うなら、何でもやってみていいという方針だ。もちろん、あらゆる危険を予測し、見えないところで万全の準備を尽くしている。
ただ、痛い思い、辛い思いをして初めて分かることが、たくさんある。その積み重ねが、やがて子どもたちの "生きるチカラ"になる、加藤さんはそう信じている。
北海道室蘭生まれの札幌育ち。幼い頃から爬虫類や両生類が大好きだったというが、190万都市・札幌での少年期は、思うぞんぶん生きものに触れ合える環境ではなかった。
だが、大学卒業後にニュージーランドの南島1周を、ヒッチハイクとテント泊で敢行。その時、旅先で出会ったカナダ人に、そんなに動物が好きならと、ある学校を勧められた。
カナダ・アルバータ州にある、ヤムナスカ山岳学校・山岳ガイド養成コース。日本人のほぼ居ない学校で加藤さんは、世界中から集まるクラスメイトの母国では、生物多様性の考え方が進んでいることにショックを受けた。
それを痛感したのは帰国後、念願の山岳ガイドとして仕事を始めた頃だった。ヒグマが活発になる春に、立入禁止の危険エリアを "春スキーの穴場"という触れ込みで、民間のガイド会社がツアーを組んでいる事実を知った。「日本の登山は、人間が楽しければいいという考えなんです。僕は日本の山岳ガイドになりたくて帰国したのに、生態系保護に対する意識の低さやマナーの悪い商業登山や観光ツアー客を目の当たりにして辛かったですね」。
その後、大雪山国立公園の山岳パトロール隊に所属した。
ここでは登山用歩道の補修も大切な業務の一つだった。登山者が集中するシーズンは人為によって歩道が壊れ、それが原因で高山植物などの植生が荒廃するからだ。ほかにも外来植物や水質の調査、さらに、心無い人間による高山蝶の違法採取を巡視したり。これらの経験から加藤さんは、生物多様性の分野に身を置きたいと思うようになった。
2年後、環境省に入り、洞爺湖自然保護官事務所で、支笏洞爺国立公園の管理業務に携わった。おもに動物関係の業務を担当した加藤さんが、ここで最も多くの時間を費やした仕事が、外来生物を殺すこと(駆除)だったという。ウチダザリガニ、アライグマ、セイヨウオオマルハナバチ...。食糧やペット、生産資材として人間の都合で外国から連れてこられた生きものが、今、迷惑な動物として殺される。ワシやタカなどの希少種が保護される一方で、奪われなければならない命がある、という現実。
「同じ生きものなのに、殺す、助ける。それを決める権利が僕ら人間にあるのだろうか?単純な話ではありませんが、それでも、僕のように自分の手でやったことのある人間が現実を伝えなければダメだと思ったんです」。
地元壮瞥町をはじめ、近隣市町の小学生が参加する『野生児キャンプ』では、野生動物を探して、触れて、ひたすら人間と動物の関わりについて学ぶ。「カエルやヘビのことを気持ち悪いって言うけれど、こういう動物がいなくなるとどう思う?って聞くんです。子どもたちは何かを感じ、考えます。みんなが仲良く暮らしていく方法はないの?って」。どんな命も、生きものどうしのつながりを生む大切な一員であり、地球上の"仲間"なのだ。「川の魚は水生昆虫を食べ、水生昆虫は葉っぱを食べて生きている。では人間が、川の周囲の木を切ってしまったらどうなる? そんなことも聞いたりします」。
加藤さんの住まいは、町内でも自然が色濃く残る久保内エリアにある町営住宅だ。
「朝、家を出たらアオダイショウが昼寝していたり、帰ってきたら駐車場にタヌキがちょこんと座っていたり。近くの小川ではサンショウウオの産卵シーンを夜な夜な眺めていられる。僕にとってはもう、最高の環境ですよ(笑)」
世界有数の活火山がある。湖がある。生きものの豊かな川や森がすぐ近くにある。「こんなに大自然にアクセスしやすく、観光客がたくさん来訪する環境はそう多くない。
カナダでも大雪山でもなく、この地だからこそ子どもたちに伝えられることがあります。」自らの活動を"一粒のタネ"と例える加藤さん。その想いは、未来に"芽"を出すに違いない。
TEL : 080-6068-3352