町おこしの名物プロデューサー

そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
松原さん

壮瞥町商工会 事務局次長・兼経営指導員 中小企業診断士 松原 宣彦さん

北海道勇払郡厚真町出身
▶ 厚真町 ▶ 壮瞥町
<移住歴14年>

筋書き通りにいかないからこそ、何を大切にするか。一緒に悩んで、一緒に汗をかいて、一緒に笑いたい。

人的被害ゼロ。
しかし噴火地域という
イメージが、
観光業に影を落とす

「松原さんには、よその町へ行って欲しくない」。
そんな声が聞かれるほど町民たちから絶大な信頼を集める、壮瞥まちおこしの"仕掛け人"がいる。
その人、松原宣彦さんは、事務用デスクが並ぶ壮瞥町商工会の奥のほうの席にいた。つまり偉い人。けれど、偉そうな態度など微塵もない。話せば、ユーモアたっぷりで頭の回転の早い人だとすぐに分かる。笑顔が優しくてアイデアも豊富。おまけに日本酒好き。
「私が前任地の厚真(あつま)町から、人事交流で壮瞥町に来たのは2007年。直近の有珠山噴火が2000年だったので、噴火地域は危険だというイメージだけで観光客が激減していた時期でした」。
1977年にも大規模噴火は起きた。当時の教訓が生かされ、2000年の噴火では人的被害は無かったものの、観光業へのダメージは長引いた。77年の噴火時はバブル景気も手伝い、観光客はすぐに戻ったのだが、2000年代になると外部環境は一変していた。富良野・美瑛、旭山動物園が全国的に注目を集め、知床は世界自然遺産に登録された。北海道を代表する一大観光地、洞爺湖周辺観光の人気は影を潜め、町には焦燥感が募っていた。

知られざる
地元の魅力を発掘。
「ディスカバー壮瞥!」

「その頃に立ち上げたのが、『奥洞爺ブランド』を創作するプロジェクトでした。当時、北湯沢という山間の温泉地を有する旧大滝村の商工会と合併したこともあり、同じ商工会同士の交流を図ろうとした際、私は、町内に点在する温泉旅館のオーナーたちから相談を受けていました。折しもその翌年、商工会が利用できる補助金制度があり、お互いが持っている地域資源の企画を考えることにしました」。
まずは温泉の魅力を再発見してもらおうと、『湯めぐりキャンペーン』を実施。日帰り温泉を含めた"入浴ラリー"は好評で、観光客の滞在時間は長くなり、旅館のオーナー同士のコミュニケーションも活発になった。
「"奥洞爺"って聞き慣れないでしょう?」と松原さん。それもそのはず、湖畔に集中する大型ホテルや観光施設は、すでに全国区のメジャーな存在。そこで洞爺湖の"奥座敷"という触れ込みで、付加価値を高める作戦に出たのだ。
「さらに、地元農産品で何か仕掛けようと着目したのが、洞爺地域産の黒毛和牛でした。当時は首都圏への出荷がメインで地元消費のなかった高級食材でしたが、半頭ずつ買い戻し、町内の宿泊施設や飲食店で肉の使用部位を分散させ、それぞれ創作メニューを考案。希少な黒毛和牛を、地元で味わってもらおうと売り込みました」。
名付けて『奥洞爺牛』。メディアにも取り上げられ事業は成功、町に元気が戻ってきた。
「温泉の活性化、黒毛和牛のブランド化、さらに特産品の南瓜を使ったスイーツ開発。最初は手探りでしたが、5年間で積み重ねた"小さな成功体験"が、町の自信につながりました」。

生みの苦しみを乗り越え、
町産りんご100%の
シードル誕生!

再興に向けて町に一体感が生まれると、今度は30〜40代を中心とする次世代の担い手たちから声が挙がり、2014年に『そうべつの未来を考える研究会』が発足した。
「ある時メンバーから、壮瞥町のカントリーサイン(※)には、りんごが描かれている。りんごのお酒といえばシードルでしょ!という提案がありました。私たちのお酒好きも手伝って、新しい地域資源を開発しようと、シードル醸造に動き出したのです」。
国内では、国産果実酒ブームが芽生え始めていた。そこで町内有志でシードル委員会を結成、松原さんは事務局兼コーディネーターとして、事例調査からコンセプト作り、資金調達、醸造先の選定、PR活動までのあらゆる局面で組織を支え続けた。
「危機は何度もありました。私たちは最初から莫大な設備投資をせずに、質の高い醸造技術を持つ企業からノウハウを得て少しずつ町内産に育てていこうと、当初は青森県のタムラファームさんに醸造協力を依頼していました。ところが、タムラファームさんは醸造特区の免許を持っており、弘前産以外のりんごを使用した醸造はできないことが判明。もはや協力先は無いと路頭に迷っていると、タムラファームさんと取引のある京都・丹波ワインさんに取り次いでいただけることに。しかし、ここで問題が。丹波ワインでの醸造には、補助金事業を上回る大量ロッドでの発注が条件だったのです」。
1回の醸造で2000ℓ、4000本が製品化されるという。壮瞥初の酒類の特産品に大口販路の当てなど無い。さぁどうする? だがこの時、醸造に反対する者は一人もいなかったのだ。

※道路沿いに設置された市町村の境界を示す標識

Going Concern(創業は易し守成は難し)移住して起業する人を
継続的に支えたい

なぜ反対者がいなかったのか。それは試飲した時だ。口に含むとりんごの風味よく出て、本当に美味しいシードルだったのだ。「運転資金などの苦悩はありましたが、それ以上に、この味なら売れる。メンバーはそう確信したのだと思います」。
こうして2016年2月、壮瞥産りんご100%の『Cidre de Sobetsu(シードル・デ・ソウベツ)』が完成、なんと同年10月には完売した。昭和新山を背景に果樹園の朝・昼・夕をラベルに表現したシードルとスパークリングアップルジュースは、贈答用としても人気だ。現在は、町内でワイン用ブドウ栽培も始まり、アップルワインも誕生した。
知恵と知識、時に大胆な行動力で観光再興・経済活性に走り続けた、松原さんの14年間。
「最初は五里霧中、本音を言えば不安でしかない。けれど町を盛り上げたいという町民の情熱、発想、協力しようとする想い。それが私の原動力です」。
2020年、コロナ禍において働き方の常識が変わる今、移住先で起業したいと考える人にとって松原さんは心強いパートナーだ。
「地域資源は目に見えるものだけではなく、"気象条件"も資源だと私は考えています。壮瞥は道内では比較的温暖で、特に太平洋側では珍しく6〜7月の晴れの多さと9〜10月の寒暖差は、果樹をはじめ多種多様な農作物の栽培に適しています。貴重な地質遺産と温泉や湖もあり、年間200万人もの観光客が訪れる。アイデア次第で地域資源が観光施策に直結する好条件が揃う町です。移住先で起業を考えている方がいたら、企画段階のアドバイスから経営指導、改善策、融資の手続き...。心の支えから物理的な処理まで移住者をサポートしますよ」と笑顔で話す松原さん。
立派な計画を立てれば成功する、というのは幻だ。筋書き通りにいかない中で『一番大切なものは何か』を共有し、継続を目指して一緒に汗をかく。それが松原さんの流儀。
「私は農家の息子だから。農業への愛着や農産物を核とした産業振興への想いが、仕事に生かされています」。
自ら土を耕し、作物を愛しみ育てるように。肌感覚を大事にしながら未来志向で奔走する松原さんの情熱が、町民の心を一つにしたのだろう。

Pick up

移住後に起業を考えている人や、事業立ち上げから間もない人にとって、松原さんをはじめとする壮瞥町商工会は強い味方。地域に密着しながら様々な相談に対応している。

「手に届く贅沢を」のキャッチフレーズで攻勢を仕掛けた、奥洞爺ブランド事業と「シードル・デ・ソウベツ」のPRポスター。メディアにも取り上げられ、注目を集めた。

家庭菜園やガーデニングを楽しめる土地付き町営住宅にお住まいの松原さん。「二毛作で忙しいよ」と言いながらもピーマン、ナス、トマト、青シソやダイコンなどが見事な出来栄え。

壮瞥町商工会

http://www.sobetsu-shokokai.jp

壮瞥本所 TEL:0142-66-2151

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