そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
籠嶋 学さん

TOYA音楽研究所  代表 籠嶋 学さん

北海道函館市出身
▶ 札幌市
▶ 東京都
▶ 壮瞥町
<移住歴4年5ヵ月>

洞爺湖畔の大自然が放つ空気感。おおらかに音を追求できる環境で豊かな時間を奏でる。

洞爺湖と、古民家と、
最新の空間オーディオ。
唯一無二の
音楽制作空間が壮瞥に。

どこか懐かしい木造平屋の一軒家。玄関をくぐると、漆喰の白壁と立派な古木の梁が印象的な洗練された空間が広がり、まるで古民家カフェのよう。
しかし、奥に鎮座するのは、音響システム。レコーディングスタジオで使用するミキシングコンソールやパワーアンプ、スピーカーなどが適切なバランスに配置された、音楽制作空間になっているのだ。レコーディングスタジオといえば、遮音本位で造られた窓のない閉鎖的な空間をイメージするが、籠嶋学さんが代表を務める『TOYA音楽研究所』は、美しい自然と古民家の温かな空気に包まれ、"レコーディング卓"の前に座ると、約11万年前の噴火でできたカルデラ湖の洞爺湖と、湖の真ん中に浮かぶ中島を目の前に眺めることができる非日常空間。
「ここは、洞爺湖畔の音楽スタジオです。レコーディングはもちろん、楽曲を仕上げるミックス作業や音質・音像の調整をするマスタリングのほか、ドルビー・アトモス(Dolby Atmos)という最新の空間オーディオでの音楽制作にも対応しています」と籠嶋さん。
聞けば、最新のドルビー・アトモスに対応したシステムを導入しているのは、取材時点では北海道初とのこと。地方から新しい音楽を発信したいという想いからだった。
アーティスト活動をする音楽家であり、他のアーティストの楽曲制作やアルバムの制作過程を指揮する音楽プロデューサーの肩書きを持つ籠嶋さん。どんな経緯があって壮瞥町へ移住することになったのだろうか。

10代からプロギタリスト、
そして音楽プロデューサーへ。
フリーになった矢先に
コロナが。

18歳まで出身地の函館に住んでいた籠嶋さんは、同級生や地元の仲間たちとバンドを組み、当時流行していたビジュアル系バンドをしていたのだとか。
「メイクはしていなかったんですけど(笑)。11歳からギターを始め、中高生時代はバンド仲間と函館のライブハウスやリハーサルスタジオに入り浸っていましたね」。
高校卒業後、札幌で大手総合楽器メーカーが運営する音楽教室のギター講師の職に就いた。その傍ら、札幌市内のライブハウスやジャズバーで演奏するプロのギタリストとして活動した。
「さまざまなご縁がある中で、23歳の時、音楽ディレクター・プロデューサーにならないかとお誘いをいただいて、大手音楽プロダクションに入ることになりました」。
ジャンルはJ-POP。札幌で活動する若手や新人アーティストを担当し、アーティストのコンセプトや売り出し方の企画立案、楽曲制作やアルバムの制作全般を取り仕切る統括者へと転身した。また、プレイヤーでもあった籠嶋さんは、作編曲、レコーディングといった技術的な部分も担うことができ、音楽制作をトータルでサポート、数多くのアーティストを世に送り出した。指導を含むと、関わったアーティストはバンドやシンガーなど1,000組を越える。
「拠点を東京に移した時代を含めると約15年、大手音楽プロダクションで活動しましたが、東京は子育てには厳しい環境。30代後半で退職を決め、住み慣れた札幌に戻ってフリーで音楽活動を始めました。ですが、まもなくして新型コロナウイルスが流行し、仕事がゼロになってしまったのです」。

地域の支えと
YouTubeを観ながら2年半。
音楽愛とDIY精神にあふれた
理想のスタジオ。

札幌に戻り、久々に自分の音楽をじっくりと制作し、演奏活動にも精力的に取り組もうと意気込んでいた矢先にコロナの流行で活動の場を失った籠嶋さん。
「仕事がゼロになったんです。音楽業界から離れる仲間もたくさんいました。しかし、自分を変えるきっかけになるかもしれないと思い、以前から興味のあった田舎暮らしを考えるようになりました」。
移住先の希望は北海道内。しかし、札幌より積雪が多いのは避けたい。帰省のことも考えると札幌〜函館の中間エリアに絞り込んだ。
「壮瞥町は函館往復の途中に立ち寄ることも多く馴染みがありました。新千歳空港から1時間半、札幌からも約2時間。伊達市が近くて買い物も便利なので、移住初心者に優しい場所だと思いました」。
壮瞥町地域おこし協力隊に応募し、採用が決定すると、醸造用ブドウ栽培などの農業研修やワイン醸造・商品企画などの活動をしながら、念願の田舎暮らしが始まった。移住前とは異なる時間の流れの中で壮瞥町の魅力を実感。籠嶋さんは、次第に、この先の生活イメージを描くようになった。
--- 長年携わってきた音楽を、壮瞥町を拠点に続けてみたい。美しい自然や畑の中など、地域の方々が身近に音楽や楽器に触れられる機会も創っていけたら ----
そんな想いを抱く中で出合ったのが、築50年の古民家。セルフリノベーション生活が始まった。
「最初は3ヵ月で完成すると思ったのですが、2年半かかりました(笑)。10年間空き家だったので断熱材は無いに等しい状態で、全体を修繕するなら思い切って天井を抜き、ピアノを置きたかったので床材も剥いで補強。湿気の少ない家でしたので、基礎を生かせたことは幸いでした」。
地域おこし協力隊のサポート制度や町内の人々の助言や手伝いもあり、少しずつ理想へと近づけた。
とはいえ大掛かりなDIYは未経験。「わからないことは全部、YouTubeで調べました(笑)」。

リラックスしながら
制作に没頭。
心のバランスが
音に、作品に、表現される。

漆喰仕上げの壁と古木の梁が見える高い天井が質の良い音響空間をつくりだす『TOYA音楽研究所』。
「漆喰は、近所の子どもたちが遊びながら塗ってくれました。見る場所によって塗り方が全然違っていて、これも個性というか、味があって好きですね」と籠嶋さん。
2024年7月、築50年の古民家は音楽スタジオに大変身。籠嶋さんは「こけら落としライブ」と題し、支えてくれた関係者や町民を招いて音楽イベントを開催した。
「まだ手直ししたい部分もありますが、"洞爺のサグラダ・ファミリア"を目指しているので(笑)、皆さんに見ていただきました」。
開業後、アーティスト仲間をはじめ、SNSや口コミで依頼が舞い込み、最新の空間オーディオ「ドルビー・アトモス」に対応したレコーディングも行われ、リリースを控えた作品もあるそうだ。
「スタジオの近隣には温泉付きの宿泊施設がたくさんあり、レコーディングや制作に時間がかかる場合は宿泊もできる環境です。コンビニも近くて飲食店もある。それなのに、この美しい洞爺湖を望む大自然が目の前に広がっている。最高に贅沢ですよ」。
癒しポイントがもう一つ。セルフリノベーション期間中に迎え入れることになった猫ちゃんたちだ。専用の部屋もあるのでレコーディングを邪魔することはないが、猫たちも客人たちを和ませている。
「高価な機材も大事ですが、それよりも音楽を奏でる人間、人の気持ちが一番大事です。私自身もおおらかな気持ちで音楽制作ができ、レコーディングするアーティストたちもリラックスしています。心のバランスが作品に表現されていると思いますね」。
地域に向けたギター教室や音楽イベントも始めた。洞爺湖畔の美しい自然の中で奏でる音楽は、唯一無二の『TOYA音物語』として、ここ壮瞥町から発信されていくことだろう。

Pick up

『TOYA音楽研究所』では、7.1.4ch環境のドルビーアトモス制作に対応。立体音響技術の一つで、スマホやヘッドホンでもイマーシヴ(没入型)サウンドが楽しめる。

セルフリノベーション中に開催したライブの様子。抜いた天井や新たに仕込んだ断熱材が丸見えの空間も一興。"古民家ホール"という貴重な空間で町内外の人が音楽を楽しんだ。

ボーカリスト藤河ちあきさんとのユニット「ueru」は、壮瞥移住後の2022年に結成。洞爺湖の豊かな自然にインスピレーションを受けて制作された作品は幅広い層から支持を得る。

TOYA音楽研究所

レコーディング・ミックス・マスタリング
Dolby Atmos 対応
作曲・音源作成・効果音/BGM制作・編曲(アレンジ)
ライブ・ギャラリー・ギター教室

https://kagoshimamanabu.com/toyamusiclab

Instagram

https://www.instagram.com/toya.music/

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