そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
今井 亮輔さん

キコリワークス 代表 UMETAN ART 岡山 昂一郎さん・咲音さん

昂一郎さん 山口県下関市出身
咲音さん 北海道札幌市出身
▶ 千葉県館山市
▶ 壮瞥町
<移住歴2年2ヵ月>

「山」×「自伐型林業」×「アート」答えは、いつでも仲間の誰かがいる

"拾った命"だと思って。
生き方・働き方を
見つめ直す転機となった
出来事。

そこは、プライベートビーチならぬ、プライベートリバー。
岡山昂一郎さん・咲音さんが暮らす壮瞥町・久保内地区。鳥の声や水のせせらぎに誘われてご自宅の裏手を歩くと、透明度の高い水質と林に囲まれた美しい「パンケ川」が流れている。
ご自宅の周囲には綺麗に積み込まれた薪や、廃材・廃タイヤを再利用して作った可愛らしい動物の遊具やプランターがあり、玄関先のチャイムもまるでアート作品のよう。
昂一郎さんは、『キコリワークス』という特殊伐採等の林業事業の代表を、咲音さんは『ウメタン』という名前でアート作品の創作活動をされている。どうりで、薪も、遊具も、"プロの仕事"だと納得した。
「山好きな2人ですけど、出会ったのは洋上でした」。
船で地球を一周する『ピースボート』、昂一郎さんはピースボートのスタッフ経験があり、高校卒業のタイミングでピースボートに乗船した咲音さんと出会った。その後、それぞれ仕事や旅を続け、遠距離で7年間、ご結婚後は千葉県館山市で暮らした。
「館山では林業に従事しました。その時期、日本列島を直撃した大型台風で房総半島、特に館山は大規模な停電・断水被害に見舞われました。林業の仕事も大部分が台風被害による危険木の処理に...。家に突き刺さった大木の撤去や裏山の処理作業とか。その経験が、特殊伐採の技術習得につながっています」。
しかし、仕事に自信を持ち始めた頃、転機となる大事故に遭遇した。
「低気圧が直撃し、倒れかけた大木を伐採している最中に、崖下に転落してしまいました」。
ドクターヘリで搬送された昂一郎さん、意識が戻ったのは病院のベッドの上だった。くも膜下出血に加え、肋骨や腰骨などの骨折で全治3ヵ月の重傷。
「今思えばオーバーワークで無理をしていたと思います。死を意識したあの時から、"拾った命"だからと、生き方・働き方を見つめ直すようになったと思います」。

空き家バンクで発掘。
セルフリノベも、起業も、
地域の方々の支えで、
順調にスタート。

ゆくゆくは北海道へ移住したいと考えていたお2人。昂一郎さんの大怪我を機に計画の前倒しを決断、移住先を調べ始めた。
「2人とも川や湖といった水場が好きで、私の実家が札幌ですので日帰りができる範囲で支笏湖や洞爺湖周辺の物件を探しました。すると、壮瞥町ホームページの「空き家バンク」に、今住んでいるこの家が載っていて。ニセコにいる友人から『壮瞥町は穴場だよ』と聞いていたことや、役場の担当者の対応が早かったことも決断につながりました」と咲音さん。
"穴場"というのは、壮瞥町が北海道の中でも比較的雪が少ないエリアであることや、商業施設や病院などが多い隣町の伊達市まで車で15分程という環境の良さだった。さらに、自然豊かで川や山々に囲まれている久保内地区というエリアも魅力だった。
「本当にいい川だし、山もいい。めちゃめちゃポテンシャルのある土地だなと思って」と昂一郎さん。
咲音さんも、「私は車の運転免許を持っていません。移住するなら車は必須と言われますが、原付バイク(の免許)や、公共交通機関があるので困らないですね。野菜や果物はすぐ手に入りますし、wi-fi環境も安定しているので、他の買い物はインターネットで。たぶん都会にいてもネットで買い物をしたと思います」と笑う。
空き家の購入を決め、長女・小春ちゃんと3人で壮瞥町へ移住。家のセルフリノベーションも先輩移住者たちが親身になってアドバイスをくれた。居間に鎮座する薪ストーブは、町内の鉄鋼屋さんが造った。
「先輩移住者と話すうちに、僕が危険木の処理など特殊伐採ができると知って町内外に発信してくれて。想定以上に依頼が来て、起業もできました。皆さんに支えられて幸運です」と昂一郎さん。
2022年4月、昂一郎さんは移住前からの仲間2人と『キコリワークス』を立ち上げた。

山にも、動物にも、人にも、
無理のない未来であるように。
自分たちなりに
アクションを起こす。

『キコリワークス』は、代表の昂一郎さん、副代表の水鳥拓夢さん、薪統括担当の茂手木直之さんの3人で、特殊伐採・薪販売を主な事業としている。特殊伐採とは、例えば、成長しすぎた木が電線に接触しそうな場合や、雪の重みで倒木し被害が及ぶリスクがあるなどのケースに対応する職人技術。
「台風による倒木撤去や処理作業の経験が、移住後にも役立てられました。今は町内外の個人や業者さんからのご依頼もあり、なんとかご飯を食べられるくらいになりました」と順調そうだ。
さらに、昂一郎さんの案内で町内の民有林に入らせてもらった。そこは30年以上前に畑だったという農地跡で、草が生い茂り、ハンノキやシラカバなどが林立していた。
「僕たちは、自伐型林業(じばつがたりんぎょう)という活動もしています。これは国土の7割を占める日本の山林を、自分たちが保有しない場合であっても、自治体や集落、森林所有者からの受託で山林を守り、持続可能な林業を小規模で行うというものです」。
山主の高齢化、後継者不足、大規模林業では手入れが難しい山林など、昂一郎さんたちは現代が抱える林業の問題を肌で感じ、自分たちでアクションを起こした。自伐型林業に興味のある人を増やす活動にも取り組んでいる。
一方、咲音さんは、自宅の一室をアトリエにし、北海道の生き物たちをテーマに創作活動をしている。取材時に見せていただいたのは「雪板(ゆきいた)」製作。スノーボードのように見えるが、ノービンディング、ノーエッジのシンプルな板で、雪の斜面を滑るための道具だ。
雪板作品の中に写実的なタッチで動物が描かれたものがある。動物は絶滅したとされるエゾオオカミだ。
「北海道に生まれ育ちましたが、この土地の自然や歴史について知らないことばかり。絶滅したというエゾオオカミが、森と共に安らかであってほしい、そんな想いを込めて描いたものです」。
2022年秋には、壮瞥町の地域おこし協力隊が運営するコミュニティスペース『ミナミナ』で、ウメタン展示会を開催したそうだ。ポストカードやポスターの販売もしており、咲音さんの作品を手に入れることもできる。

林業の技術は防災にも。
山と人の関わりを増やし、
誰もが気軽に来られる
"居場所"をつくりたい。

昂一郎さんたちは自伐型林業に取り組む中で、"山と人の関わり"をもっと増やしたいと考えている。それを形にしたものが、キコリワークスの『山LABO(やまラボ)』。
「地域の人が気軽に山遊びできるフィールド作りや、僕たちの特殊伐採の技術を災害レスキューに役立ててもらう講習会などを企画しています。壮瞥町とその周辺は防災意識が高い地域。僕たちのロープワークや道具の使い方をお伝えすることで災害に備えてもらえたら」と昂一郎さん。すでにチェーンソーの講習会を実施し、関心を持った町民たちが参加した。
「集まる人たちのコミュニティが広がって、お互いのDIY技術を共有したり、キャンプやマウンテンバイクを楽しんだり。各自やってみたいことができる"大人の遊び場"をつくりたいですね」。
さらに、昂一郎さんは今後のことも話してくださった。
「もう一つ、描いているストーリーがあって。このパンケ川上流沿いにある山を購入して仲間たちと開拓し、オフグリッドに近い暮らしをしたいと思っています」。
オフグリッドとは、電力会社の送電網に頼らずとも電力を自給自足できる状態を意味する生活スタイル。
「久保内地区は自然が豊かです。仕事柄、Google Earthで周辺の山を見るのですが、少し平場のあるいい山があって!地域の方に話したら所有者が分かり、もしかしたら夢が現実になるかもと思い始めています」。
特殊伐採、自伐型林業、『山LABO』。その先に見つめている景色は、オフグリッドな暮らし。
「完全なオフグリッドは難しいかもしれない。でも、まずは今の家を拠点にしながら、山との二拠点生活ができるように準備を進めています」。
そこは、自分たちだけの場所ではない。咲音さんの創作活動にもリンクする夢がある。
「山にトレーラーハウスを置いて、アート活動をする作家さんたちの夏場の創作拠点にしてもらえたら最高ですね!そして、僕が60代くらいになったら、"山奥ニート"が集まるユートピアみたいな場所にできたらと。そこを管理するおじいちゃん的な役割です(笑)」。
ピースボートのスタッフだった頃、昂一郎さんは、引きこもりの子どもたちと船旅をした。
「都会に疲れたり、社会や学校に馴染めなかったり。そんな人たちが自分のペースで過ごせる居場所になれば。山には、その包容力があると信じています」。
管理人のおじいちゃんになるために、これからも髭を伸ばし続ける、と笑った。

Pick up

北海道犬の「かん太」。大切に育てられ、いずれは山に入る昂一郎さんの心強いパートナーに。キコリワークスのキャラクター「キコリグマ」は咲音さんが制作、アニメーションもある。

安全かつ狙い通りに倒木する見事なチェンソー捌き。キコリワークスでは特殊伐採・危険木撤去のほかに、管理放棄林や町内の民有林などで自伐型林業に取り組んでいる。

茂手木さん、昂一郎さん、水鳥さんの薪割り姿!かなり太い木も爽快に真っ二つ!水鳥さんも茂手木さんも移住者。水鳥さんはピースボートのお客さんとして昂一郎さんと出会った。

キコリワークス

特殊伐採(危険木の伐採・撤去等)・薪販売
自伐型林業「山LABO」運営

https://kikoriworks.themedia.jp/

UMETAN ART GALLERY

北海道の暮らしの中で出会う生き物をテーマにした
アート活動
Instagram

https://www.instagram.com/umetan.art/

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