東京から地方へ移住した理由

story#06

そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
笠井 一朗さん ジョゼさんご夫妻

移住歴20年以上。「壮瞥のよろず屋」笠井 一朗さん ジョゼさんご夫妻 

東京都出身
▶ 山形県東田川郡藤島町
▶ 北海道広尾郡大樹町
▶ 壮瞥町
〈移住歴22年〉

壮瞥暮らし22年目。
地域人であると同時に、地域の意識改革人でもありたい。

軸組工法の母屋、古材再利用の作業舎、耐火煉瓦のパン窯。心と体を研ぎすませながら、自分たちの暮らしを積み重ねる。

壮瞥町・弁景地区。
オロフレ峠へ向かう緑豊かな山あいに暮らす、笠井さんご夫妻を訪ねた。出迎えてくださったのは一朗さんと、奥様のジョゼさん。そして、愛犬たちが珍客であるはずの私たちを熱烈歓迎。その一方で、建物の中からじっと様子を窺っていたのは猫たちだ。しかし、彼らも時間が経つにつれ、好奇心たっぷりに近づいて来てくれた。
ここ壮瞥に移住して22年目。
笠井さんご夫妻は、体を動かし、知恵を働かせながら、自分たちの手で暮らしを積み重ねている。その歴史を感じることができるのは、敷地内に点在する建物の数々だ。まず、母屋が2つある。第一母屋は、昭和2年に建てられた家屋を活用している。第二母屋は、山から木を切り出し、丸一年かけて建築。構造部材の組手はすべて楔と栓でできた木造軸組工法によるもので、金具は不使用。味わいのある大きな梁は、開拓期の家屋のものを再利用しているそうだ。母屋から少し離れた所には、かつて飼育していた牛や山羊の飼育舎、チーズの熟成庫もある。木材や道具を収納する資材舎、分電機能をもつアンテナ塔、さらに解体家屋のサッシを使った作業舎などもある。
ご夫妻にお話を伺った場所には、大きな窯が鎮座していた。
そこは、ジョゼさんの郷土の味でもあるスイス仕込みのパンを作る工房で、パン窯はご夫妻の自作だという。耐火煉瓦を使用した窯はどっしりとした存在感があり、まるでプロが手がけたような仕上がりである。建築、畜産、酪農、製パン------ 研究熱心で必要なものは自分たちで器用に創り上げるご夫妻は、どのような経緯で壮瞥町に辿り着いたのだろう。

東京を離れ、八ヶ岳と米国の大学で農学へ。"一宿一飯"の恩義を果たしながら農家をめぐる日々。

一朗さんは、東京都文京区生まれ。そこは"印刷の街"と呼ばれる工場の多い地域で、幼い頃は排水で汚染された泡だらけの川を見たという。早稲田大学理工学部土木工学科に入学し、トンネル工学などを学んだ後、建設コンサルタント会社に入社、会社員生活を送っていた時代もある。「都会に生まれ育ちましたが、当時は劣悪な環境に辟易したことや、冷戦時代の全面戦争を恐れたことなど精神衛生上の問題から、田舎で暮らしたいと思うようになりました」。
土木工学を志すだけあって、「土」と「木」と山登りが好きだと話す一朗さん。1991年に一念発起し、八ヶ岳中央農業実践大学校果菜部で学ぶことに。さらに翌年には、米国ルイジアナ州立大学農学部農村社会学科に編入学。帰国後は、軽トラックで日本各地を訪ね歩き、 "一宿一飯の恩義"を果たしながら農家めぐりをしたという、急展開な人生!その後、一年間ほど山形県に定住し、冬は漬物工場、春夏は畑仕事へ。そして1995年、酪農実習生として北海道へ渡ることになる。実習先は、昨今「ホリエモンロケット」の打ち上げが話題になった大樹(たいき)町。そこに5ヶ月間ほど滞在した。
その時に農業実習先の候補地であったことから「壮瞥町」を知り、縁があって移住することに。古い母屋付きの土地を入手してからは、ご夫婦で畑仕事をしたり、チーズ作りに挑戦したり。時には、町内外で大工の手伝いもした。また、一朗さんは数学を、ジョゼさんは英語を中学生に教えるなど、地域の家庭学習の手伝いをすることもあったそうだ。

社会の現実と向き合いながら、自然の営みと相まみえながら、「在に生きる」。

『義を見てせざるは勇無きなり』を座右の銘のひとつとする一朗さん。田舎暮らしを選択することは社会との接点を遮断することではなく、むしろ「現実」と向き合いながら、あるべき社会に向かう方策を、ここ壮瞥での暮らしを通して模索してきたのかもしれない。
一朗さんは、「人間関係が煩わしいから都会から離れたい、という理由で田舎暮らしを望むなら、それは無理かもしれません。北海道は土地は広いかもしれませんが、小さな町での人間関係は、都会のそれよりも不可避で全面的です。ですが、自由闊達で人づきあいが好きな人ならば、都会よりもずっと面白い人生を送れると思います」。移住には、体力に多少自信があって、集中力や持久力があるほうが好ましいと付け加える一朗さん。「とはいえ私自身も、花粉や毛虫アレルギーに悩まされることもありますが、なんとか過ごしています。壮瞥の自然の中で体を動かす仕事をしていれば、多少健康に不安があっても、都会とは違い、自然の中で治癒する可能性が高いですよ」と、心強いお言葉も。
「気がつけば、私も還暦間近になりました。これまで挑戦してきた様々な経験を生かし、これからは少しでも近隣の人々のお役に立てるようにと、数年前に『壮瞥のよろず屋』という便利業を始めました」。自作のチラシを見せていただいた。そこに書かれている業務内容は、壮瞥暮らし22年で培ったものであるように感じた。ちなみに、可愛い挿絵はジョゼさんが描いたものだ。
20年以上もこの地に暮らせば、もはや"壮瞥人"といえるかもしれない。しかし、一朗さんとジョゼさんは声を揃えて言う。「よそから来た人間だからこそ、北海道特有の気質や体質に気づけることもあります。私たちは、壮瞥町らしい地域活動に参画しながらも、常に地域の意識改革に貢献できるオンブズマン的な感覚を忘れないでいたいと思います」。かつて、自分たちが先輩農家や地域の人々から様々な事を教わったように、これからは、移住を望む人にここで暮らす術を伝えていけたら、と一朗さん。移住歴20年以上の豊かな経験の持ち主から私たちが受け取るべきものは沢山ありそうだ。

Pick up

壮瞥のよろず屋

セルフビルド、酪農やチーズづくり、パン窯の築炉については、
一朗さんご自身の記録を閲覧すると、詳細を知ることができます。



「地域に密着したきめ細やかな情報を地域の皆さんにお届けし、より良いまちづくりに生かす」コミュニティFM放送局「Wi-Radio(ワイラジオ)」で、笠井さんがインタビューをお受けになりました。是非お聞きください。

便利業 壮瞥のよろず屋

北海道有珠郡壮瞥町字弁景195番地

TEL:0142-82-7161 http://kasai-chappuis.net/よろず屋/

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