自然と人、生かし合う農業

そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
小田さん

合同会社 自然農業社 代表 小田 大介さん

東京都東村山市出身
▶ 広島県呉市
▶ 北海道網走市
▶ 室蘭市
▶ 伊達市
▶ 富良野市
▶ 壮瞥町
<移住歴15年>

ともに、あたりまえに。自然も人も、個性を生かし合う循環農業。

元・海上保安庁。
海上保安大学校を経て、
巡視船艇に配属。

壮瞥町、立香(たつか)地区。有珠山と昭和新山、2つの火山が"親子"のように前後に重なる景色を望む美しいロケーションの中に、自然農業社はある。
「おはようございます!」。事務所から畑に向かう社員の皆さんが、取材中の私たちに親しみを込めて声を掛けてくださる。その明るさに、こちらも元気をもらう。
有機野菜・有機豆の生産と販売を行う自然農業社は、設立6年目。代表の小田さんは東京都の出身で、38歳の時に独立就農したという。
「東村山市で生まれ、19歳くらいまでいました。中高大一貫校だったので大学まではエスカレーター式で進学したのですが、やりたいことが見つかり中途退学。受験し直して、海上保安大学校に入学しました」。
生まれ育った東京を離れ、広島県呉市へ。海の治安維持や海難救助を通して国や社会に貢献する仕事を志した小田さんは、規則正しい寮生活を送りながら、乗船実習をはじめ数々の厳しい訓練を4年間、さらに卒業後に半年間の研修を経て、最初の赴任先の辞令が出た。
「北海道の網走でした。私は東京出身、婚約者は愛知県出身。ふたりの故郷の中間点である静岡県での勤務を希望しましたが、まぁ無理ですよね(笑)。この時初めて、北海道に住むことになりました」。

海上勤務を終えた後の
家庭菜園が喜びに。
北海道で農業をしたい。

降雪地域で暮らすことが初めてだった小田さんは、当初、不安の方が大きかったとか。
「しかし、住んでみたらとても良い所で。網走は、世界自然遺産に登録された知床半島の付け根にある、周辺では一番大きな街で雪もそんなに多くなかったのです(笑)。何より、広々として、のびのびとして、とにかく暮らし心地が良かったです」。
海上保安官として巡視船で海上勤務。一度、船に乗ったら北海道周辺海域を転々とし、網走から離れることになる。
「確かに、船上で過ごす時間は長く、24時間体制でパトロールなどを行う特殊な勤務形態です。しかし、夏場は比較的仕事が落ち着いていて、3~4日間の船上勤務後に休日があり、家庭菜園などもできました」。
海の男が、土いじり。小田さんは土地を借りて家庭菜園を楽しんでいたそうだ。現在の仕事に通じるきっかけは、この時期であったのかもしれない。
「網走勤務後に室蘭海上保安部へ異動となり、そこでは陸上勤務でした。そして1年後、東京転勤の話が来たのです」。
この時、小田さんの心の中を占める想いがあった。---このまま北海道にいて、農業をやってみたい---。
自分の心が描くものに、素直になる。考え抜いた末に小田さんは海上保安の仕事を辞め、北海道移住を決心した。

伊達と富良野で農業研修。
壮瞥の合同会社農場
『たつかーむ』と出会う。

小田さんはまず、室蘭市の隣町、伊達市にある「ひびきの村」(※)でバイオダイナミック農法といわれる地球と共存するための農法や信念を学び、その後、富良野で農業研修として有機農業を学んだ。
「北海道で農業をやろうと思った時に、有機農業と決めていました。子どもがアトピー性皮膚炎だったこともありますが、以前から環境問題に関心があり、有機農業を学べる研修先を探して経験させてもらいました」。
新規就農を考え始めたタイミングで、2人目の子どもを授かった。小田さんは、経験が浅い自分が今独立すべきなのか、農業一本で生計を立てていけるだろうかと躊躇した。
「その時、知人から壮瞥町の立香にある農場で畑担当のスタッフに欠員が出たという話をもらいまして。それが『たつかーむ』でした」。
たつかーむは、小田さんが運営する自然農業社の隣にある。養鶏を中心とした事業を30年以上営む農業合同会社で、畑・家畜・人間が有機的に循環する農法を目指し、平飼い有精卵と有機農産物を生産。人工的な添加物を一切使用しない食品加工品の製造や、敷地内には自社農場の食材を使った農場ランチが楽しめるカフェもある。また、様々な人が寄り添って農業をして暮らすという信念のもと、障がい者が共に働ける場として雇用する就労支援A型事業所(現在はB型事業所)の指定を受けている。
「法人化された所で農業をやってみたいという気持ちもあり、挑戦することを決めました」。
小田さんは、たつかーむで9年間経験を積み38歳で独立、新規就農を果たした。

※ NPO法人・人智学共同体「ひびきの村」/思想家・哲学者のルドルフ・シュタイナーの教育実践の場。生きるために必要なものは可能な限り自給する暮らしを目指し、バイオダイナミック農法を実践。世界で最も厳しい有機基準ともいわれる。

四つ葉のクローバーを
運ぶ「てんとう虫」に
込められた意味とは。

自然農業社は、10ヘクタール以上ある圃場でダイコン、ズッキーニ、タマネギやジャガイモなどの有機野菜と小豆・黒豆などの有機豆類、さらに野菜の加工品製造・販売を行い、たつかーむと同様、障がいのある方と雇用契約を結び、自立を支援する事業所として会社形態にしている。
「肥料は、たつかーむの鶏糞と規格外のくず大豆のみです。それは、作物に栄養として与えていますが、私の場合は、畑にいる生き物たちにもエサをあげるという意味もあります」。
有機農業には様々な方法があるが、小田さんは、できる限り自然の力を借りて作物を育てることを信条としている。
「作物を育てると病気になったり、作物を食べる虫が来ます。作物を食べてしまう虫が出たらすぐに薬剤で殺すという方法もありますが、私は、生態系が豊かなら虫が増えても天敵が食べてくれて害虫が増えすぎることはないと思っています。近くに天敵にいてもらうためには害虫の存在も必要です。害虫に多少食われてしまうのは生態系を維持するためには仕方のないことと思っています。それと、育ててみて被害が大きすぎる品目はそもそも土地や気候が合ってなくて無理だったと諦め、自然の循環の中で無理なく育つ作物だけを手掛けていく、という考えでやっています。有機農業は、栽培を続けることで土が豊かになり、生き物が増えて、生態系が豊かになっていく実に面白い農業だと思います」。
微生物や虫、小動物まで多様な生き物がバランスよく生息する環境づくりと、それを維持できる農業を志す、小田さん。
「だから『自然農業社』という社名にしました。自然を大切にする農業からブレたくないと思って」。
てんとう虫が描かれた社名ロゴにも、その想いが込められている。てんとう虫は、作物を食べてしまうアブラムシの天敵。てんとう虫が四葉のクローバー即ち「幸運」を運んできてくれるという意図があるそうだ。会社設立以前からボランティアで会社に色々と携わっていただいている方の息子さんが設立時に看板と一緒にデザインしてくれたという。

『会社はひとつの船』。
自分たちの力を頼りに
目的地へ進んでいく。

「もう一つ、『社』と付けたことにも想いがあって。ここに働きに来てくれる方は福祉事業所で働きたいのではなく、普通の会社でみんなと同じように働きたいと思っているはずです。だから『社』という言葉を付けて、会社で働いている感覚を持ってもらえたらという私の考えです。ちょっと堅い社名ですけどね(笑)」。
たつかーむで働くまで、福祉に携わる機会はなかった。だが、障がいのある人も無い人も共に働く現場を経験をし、小田さんにとって現在の自然農業社の形態は、ごく自然の形で始まったと話す。
「畑に多種多様な生き物が生息できる環境をつくりたいのと同じように、会社内でも、いろいろな特性をもった人がその特性を生かし居場所を見つけて自然な形で働ける職場環境をつくりたいです」。
そうはいっても意識がバラバラでは会社は成り立たないもの。目標を共有し、それぞれが出来ることで力を出し合って会社に必要なことを成し遂げていく。
「それは海上も同じでした。船は一度海に出たら、修理や食事もすべて船上で解決、完結する運命共同体。その思いは今も私の中にあって、私にとって『会社は船、社員は乗組員』だと思っています」。
2020年からサツマイモ栽培に挑戦しているそうだ。火山のある壮瞥の土壌特性を生かし、水はけのよい土地を好む作物を選んだ。今年もなかなかの良い出来だという。
「火山や湖など、壮瞥は地球の生命力を感じられる町です。『豊かな自然』という常套句はよく聞きますが、ここは火山を中心とする独特の地形が他にはない魅力的な自然景観を作り出している、真に自然豊かな町。それでいて、隣の伊達市まで車で10〜15分。都心の郊外に暮らすより日常生活に必須な商業施設や病院、文化施設などへのアクセスが良いことも大きな魅力だと思います」。
豊かな自然の循環の中で無理なく育った、自然農業社の恵み。消費する私たちは、美味しく無駄なくいただくことで、食の循環に少しでも貢献できたら幸せだ。

Pick up

小豆の脱穀は、朝露がほどよく乾燥した頃を見計らい日中に行う。畑のすぐ横は木々が生い茂る山で、一見、畑には不利と思われるが、実は森の生き物に助けられているという。

小田さんと社員の皆さんで建てた農機具収納小屋は、不要になった木製電柱や廃材を活用。海上保安官時代に、知恵と工夫で船上ですべてを完結させる経験が今も生かされている。

見事に成長した「紅はるか」。自然農業社ではサツマイモを試験栽培中。火山灰地である壮瞥の水はけのよい土壌特性を活用できるか、小田さんの新たなチャレンジが始まった。

合同会社 自然農業社

有機野菜・有機豆、加工食品製造・販売
http://www.sizen-agricompany.com/

食べチョク
https://www.tabechoku.com/producers/25153

ポケットマルシェ
https://poke-m.com/producers/393728

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