story#01

そうべつ人の暮らし
移住者インタビュー
長友 加也(ながとも かや)さん

壮瞥町地域おこし協力隊 長友加也さん

静岡県浜松市出身
▶ 東京都内 〜 神奈川県横浜市
▶ 壮瞥町
〈移住歴1年5ヶ月〉

子どもの『生きる力』を育む。火山と共生する町だからできる教育がここにある。

体を壊して知る美容整体の道。独立を夢みた時に『3.11』が起きた。

初夏の洞爺湖畔。彼女が湖に突き出す巨岩に腰を掛けると、まるで湖面と一体になったかのように見えた。眼前には、11万年前もの大噴火で誕生した洞爺カルデラの湖と、5万年前の噴火活動でできた溶岩ドームの中島が、湖の真ん中に浮かんでいる。
長友加也さんが移住後に見つけたというこの場所は、湖畔の雑木林を分け入ることでやっと辿り着ける、秘密のスポット。道すがら山菜を見つけて嬉々とする姿は生粋の道産子にも見えた。
「出身は静岡県浜松市です。学生時代はバスケットで県の選抜選手になり、日本女子体育大学へ進学するため18歳で上京しました。卒業後は都内で就職、東京と横浜で14年間ほど過ごしました」。
体育教員を目指して進学したものの、興味はなんとヒップホップダンスに。昼間は授業とバスケット、その後にダンス、さらに深夜にアルバイト。「そんな生活を続けていたら体がボロボロになってしまって。不調で悩んだ時期に出会ったのが『美容整体』でした」。
美容整体とは、体の歪みやバランスを整えることで、健康も美容も両立されるというもの。長友さんは22歳で美容整体師に弟子入りし、1年後にサロンデビュー。その後、新規出店の運営やスクール講師などの経験を重ねながらヨガの資格も取得。整体とヨガを組み合わたメニューで独立を考え始めた。
「当時、仲間の起業をサポートする形で下北沢に新店舗を開業したのですが、1週間後に、あの東日本大震災が起こりました」。

自分自身も震度5を体験。「生き方」を意識した時に、新しい命が。

開業直後に起きた東日本大震災。未曾有の大災害、そして世の中の自粛ムード。「事業を縮小せざるを得ず、私は仲間と離れ独立することに。私自身も震度5を体験し、この頃からなんとなく『生き方』を意識し始め、母の故郷である長崎へ移住しようかとも考えました」。
自宅マンションでサロンを営業する傍ら、横浜のリゾートホテルで整体やヨガのトレーナーを掛け持ち。ご主人とはこの頃から同居していたが、互いに帰宅は夜10時以降。多忙を極める中で長友さんは自分の『生き方』にますます疑問を感じるようになり、働く女性を集めて勉強会やワークショップを開いた。「そうやって自分にできることは何かと模索していた時に、子どもを授ったのです」。
その日から、『生き方』への想いはリアルになった。「まず、自然出産の助産院を選択しました。主人の協力を得ながら食や生活習慣を改善したのですが、出産後には育児です。私は、娘には自然を味わいながら過ごしてほしいと思いました」。
当時、長期出張が多かったご主人の出張先へ娘さんと訪ね、家族3人で過ごす時間を作るようにした。「北海道の洞爺湖に来たのもその頃で、娘は2歳でした。他にも沖縄や宮崎、熊本、長崎...。主人は日本中を飛び回る仕事でしたので、夫婦ともに都会住まいの意味を考え始めました」。
同時に、我が子の教育法にも意識が向いていた時期だった。「自然をベースにした保育施設に娘を預けながら、私はシュタイナー幼稚園でボランティアをしました。日本で学校法人として認可されているシュタイナー学校※は、神奈川のシュタイナー学園と北海道のシュタイナー学園いずみの学校の2校のみ。私は、娘のために生活のベースを北海道に移すのもいいなと思ったのです」。

※思想家・哲学者のルドルフ・シュタイナーが1919年にドイツで始めた教育実践。「人間形成」を目標に、子どもの体と心の発達観に基づく体系的なカリキュラムを持つ。知性だけでなく精神性をも含めた全人教育を目指し、教育そのものが芸術行為であることが大切としている。2018年7月現在、日本シュタイナー学校の正会員校は全7校(NPO法人を含む)。

横浜のマンション売却を決断。もう、移住するしかない!

悶々とした日々が、急展開した。休日にご主人と近所の不動産屋へ入り、興味半分で住んでいるマンションの査定をしたのだ。「高値のピークは今で、以降どんどん価値が下がると言われました。すると主人が、『よし!今売ろう』って言い出して(笑)。忘れもしません、それは2016年11月30日。実は、その2ヶ月後の2017年1月下旬に、私たちは壮瞥町の『コティ』に家財道具を運び入れることになるのです!」。
『コティ』とは壮瞥町の町営住宅で、子育て中のママたちと一緒に考えたファミリー応援住宅。横浜のマンションは売却意思を示しており、移住はマストだった。そこで、シュタイナー学校のある豊浦町にも行きやすい洞爺湖近隣の空き家を探し回った。
「以前、家族で訪れ、大好きになった洞爺湖。住むならこの近くがいいと探し出したのが、壮瞥町の『コティ』でした。町に問い合わせてみましたが、『空き』が無い...と。諦め半分で移住先の選択肢を広げようとした矢先、壮瞥町から電話がきました。『コティに空きが出ましたよ!』って」。
公募による抽選だったが、長友さんは地域おこし協力隊に応募していたため、壮瞥町の担当者はもし抽選に漏れても職員用の住まいを用意すると話してくれた。「"神対応"だと思いましたね!他の町に浮気する気にはなれませんでした」。
めでたく移住先が決定。しかし壮瞥町と横浜間での手続き書類は郵送が一般的で、必要な書類を揃えるまでに意外と日数を要した。『コティ』の手続きも締切日ギリギリの滑り込みだった。
そんなドタバタ劇を乗り越え、1月下旬にまずは荷物を運び入れるため、長友さんと娘さんの2人だけで壮瞥町に短期滞在した。「真冬の北海道は初体験。雪道だし、道の駅には野菜も無かったけれど、北海道で暮らせることが嬉しくて『来たったーーー』って感じで(笑)。今思えば一番厳しい季節を最初に経験できて良かったです」。

火山と共生する町だからできる。「自然教育」と「減災教育」

自宅売却を決意してからわずか4ヶ月後、家族揃って壮瞥町に移住した。長友さんは地域おこし協力隊に合格し、役場勤務となった。
「移住して、良かったことだらけですね。まず、家から車で10分ほどで世界ジオパークに認定された火山群を見渡せ、好きな時に洞爺湖を散策できます。豊かな大地、温泉、農作物の恵み。そして娘はこの環境の中、家から5分のフォレストベイ・ナーサリースクールに通っています。北海道シュタイナー学園も車で30分ほど。小さな町では教育の選択肢が無いと思いがちですが、周辺市町村を視野に入れると選択の幅は広いと感じました」。
さらに壮瞥町は、教育委員会やNPOが運営する子どもスポーツクラブも充実しており、地域と交流を深めながら子育てできるのが魅力だという。「大人の目がたくさんある中で子どもが育つって素晴らしいですね。さらに壮瞥町は『火山と共生する町』。子どもたちは昭和新山や有珠山に登山し、防災力を養える環境が身近にあるのです。自然との向き合い方を学べるのは、この町ならではです」。
長友さんには、壮瞥町で叶えたい夢が2つある。「一つは、環境教育・減災教育を、ここ壮瞥町で実現することです。壮瞥町はダイナミックな自然がまるごと教材です。私は今、首都圏など都心に暮らす子育て世代親子を対象とした『壮瞥親子キャンプ』を企画しています」。
さらに、移住後に『火山マイスター』認定審査に合格した長友さんは、観光客などに火山地域の自然と噴火の記憶・減災の知恵を伝える活動も行っている。「観光だけではなく、子どもの教育のために壮瞥町に学びに来る、という場所を作りたいです。減災教育は世界に共通する学びですから、火山マイスターの知識を活かしたいですね」。
そして、もう一つの夢は、地域住民の健康力推進だ。「整体師の経験を生かし、整体サロンとヨガ教室を兼ねた憩いのカフェスペースを計画しています。実はこれも、空き店舗を借りてリノベーション中。半年後のオープンを目指しています」。

壮瞥町の資源を、子どもたちの『生きる力』に活かしたい。

「365日、こんなに飽きない日々を送ったのは今が初めてです」と話す長友さん。壮瞥町に移住して『地球が大好きです』と堂々と言えるようになった。
「整体師を一旦お休みして、地域おこし協力隊や火山マイスターとして活動する自分を、横浜時代の私に想像できたでしょうか...。幼い娘がウドやタラの芽の天ぷらが大好物だなんて想像できたでしょうか...。娘が父親と釣りをしてヤマメを覚えたその姿...。もう、幸せ以外の何者でもありません」。
----自然とともに生きる。そこに喜びと幸せがある----それが、長友さんにとっての価値ある『生き方』だったのだ。
「AI(人工知能)化が進む今、教育も確実に変わっていくと思います。その時代に子どもたちに本当に必要なスキルは何かと考えます。教科書を丸暗記して試験で良い点を取ることではないですよね?」と長友さん。「自分で考えて行動できる、発言できる、人とコミュニケーションができる。そういった『生きる力』こそが、子どもたちに必要なスキルだと思います」。
ただし、『生きる力』を学校現場にだけ求める気はない。教育という視点から壮瞥町の資源を活かす道を模索する長友さんは、様々な活動を通して「教育移住」「関係人口」を前向きに捉え、都市と地方の連携をもっと教育につなげられたら、と考えている。
その構想は決して夢ではない気がした。わが子を想う親の願いなのだ。

Pick up

温暖な静岡で生まれ育った長友さんにとって雪は、夢の世界。しかも、ふかふかのパウダースノーは未体験、思わず童心に帰って雪と戯れる。

冬でも楽しく外遊び。昭和新山や有珠山に見守られながら毎日ナーサリースクールに通う娘さんは、壮瞥町に来てさらに逞しくなったとか。

冬の大自然が創り出す芸術品「しぶき氷」に魅了されたという長友さん。二つと同じ形の無い「しぶき氷」をテーマに写真展を開催するのが夢だという。

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