そうべつ手帖

【イベントレポート】令和8年度第1回壮瞥町子ども郷土資料講座『昭和新山に登ろう』

 皆さんこんにちは!地域おこし協力隊の松本です!

 6月13日(土)に令和8年度第1回壮瞥町子ども郷土資料講座兼第79回町民歩けあるけ運動『昭和新山に登ろう』が開催されました。

(主催:壮瞥町教育委員会/協力:NPO法人有珠山周辺地域ジオパーク友の会) 

 壮瞥町を縦に貫く国道453号線を走っていると、一際目を引く山があります。

 昭和新山です。

 植物のあまり生えていない赤茶色のゴツゴツした山肌。かっこよくもあり、なんだか恐ろしさも感じることもあります。

昭和新山とは⁉一体何者?

 壮瞥町民のみならず北海道民の方には馴染みのある山の名前かもしれません。

「昭和新山くま牧場~♪」

 というテレビCMでお馴染みですね。頭の中で完璧に再生されたあなたはきっと北海道民ですね!しかし、昭和新山がどんな山で、他の山々とどう違うのか知っている方は少ないのではないでしょうか?

 

 実は名前の通り、昭和時代に生まれた新しい山なんです。

 昭和18年(1943)に麦畑が地震と爆発音とともに隆起してできました。2026年時点で83歳です。ちなみに富士山が現在の形になったのが約1万年前らしいので、赤ちゃん火山と言えそうですね!

 そんな昭和新山の誕生を記録したものが「ミマツダイヤグラム」です。郵便局長の三松正夫さんが昭和新山が生まれる過程を記録したもので、火山学の世界でもとても重要な資料とされています。

 さらに昭和新山は世にも珍しい、個人所有の火山なのです。三松さんは火山保護のためにこの土地を購入しました。今も子孫へと受け継がれています。

 現在の昭和新山の周辺には、三松正夫記念館、飲食店、土産店、熊牧場、ガラス館、有珠山ロープウェイなどの観光スポットも豊富にありますよ!

 普段は入山することはできませんが、今回はそんな昭和新山に登る機会をいただけたので、皆さんにその一部をお届けしたいと思います!

昭和新山について知ろう!

 昭和新山に登る前に、三松正夫記念館館長の三松靖志さんから昭和新山がどのようにして生まれたのか。また、戦後の2度の噴火について写真などを用いてレクチャーしていただきました。

 特に、1977年の有珠山噴火の際は火山性地震が多発していたにも関わらず、お祭りを強行したという衝撃的なお話もありました。おおらかな時代だったこともあるかもしれませんが、個々人の防災意識がいかに大事なものか、考えさせられます。

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 三松靖志さんが噴火当時の様子を写真を用いて説明してくださりました

 ところで、昭和新山の生まれた昭和18年から20年といえば、太平洋戦争の真っただ中です。十分な物資もなく、写真を撮ればスパイと疑われた時代に三松正夫さんは釣り糸を用いて昭和新山が大きくなっていく様を記録したそうです。

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 この工夫と情熱。恐れ入ります。

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 こちらは「ド根性白樺」。噴火の影響で枝がグニャグニャになってしまっていますが、強く生きています。生命の強さを感じられますね。

 

それでは登山開始!

 三松正夫像を出発し、木漏れ日の中を抜けていきます。

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 10分ほど進むと開けた場所にたどり着きました。

 この場所だけ木が無く、生えているのは背の低い草花だけです。

 なぜ?その答えはこちらです。

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 なんと温度計は70度近い数字を指しています!

 地中に10~15㎝ほど針を刺した場所でこの温度です。木のように地中深くまで根を張る必要のある植物には、あまりにも過酷な環境なようです。

 そして、山の中腹には不釣り合いなものがあります。

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 こちらのまん丸の石。河原に転がっているようなタイプの石です。

 山も畑もないその昔、この周辺が川であったことの証拠です。昭和新山に登り始めてすぐに、大地が生きていることを体感できます。

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 横穴に手を入れると気持ちのいい暖かさです。

 冬になるとエゾシカたちが暖を取りに昭和新山の上までやってくるそうです(その気持ち、痛いほどわかります...)。

 さらに、昭和新山の赤さの秘密も教えていただけました。

 なんと、土が800~900度の熱で焼け、レンガのような色になったそうです(実際に、レンガを焼く時も同じくらいの温度だそうです)。

 再出発してしばらく登り続けると、背の低い植物たちも姿を消していきます。

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 山肌からは煙が立ち込めています。

 実はわたくし。壮瞥町へやってくる前は鹿児島市に住んでいました。そして、おそらく日本一有名な活火山の桜島があったので、多少火山は見慣れているつもりでしたが...。

 これは近い!!この赤い山肌!正直迫力、臨場感は桁違いです。

 ちなみにこの付近の地面の温度はこちら。

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 98.2度...‼これは流石に手を付けることはできません

 もう少し登ってみると景色もよく見えてきます。

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 まさに絶景!

 中島の奥にはうっすらと羊蹄山の裾野が見えます。

 少しずつ疲れの見え始めた大人たちとは対照的に、子どもたちはスイスイと登っていきます。

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 さらに5分ほど登ると...

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 山頂付近に到着!

 参加者の皆さんからも達成感の笑みがこぼれます。

 その後は、洞爺湖を眺めながらお昼ごはんを食べ、下山後は三松正夫記念館の見学もさせていただきました。

昭和新山に登ってみて

 三松靖志さんの解説を聞きながらの登山は非常に勉強になるものでした。

 昭和新山の成り立ち。三松正夫さんの記録が後世へと語り継がれ、1977年の過ちを教訓として、2000年噴火の際は人的な被害は起きなかったこと。

 未だ活動を続けている火山ですので、楽観視することは非常に危険ではありますが、よく知り、きちんと理解することで、必要以上に怖がる必要はないと感じました。

 また、頂上から見ることでわかる壮瞥町の農業の特徴のお話もあり、食、温泉、観光など、私たちがいかに火山からの恩恵を受けて暮らしているのかが、学ぶだけではなく、''感じ取れる''一日となりました。

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